個と公のデザイン

文脈を抜きにしてデザインの良し悪しは計れない。
例えば個人で使うもの、不特定多数の人が接する公共の場で使うもの、特定の志向の人を対象とした空間などで使うものは、それぞれデザインに求められることが違い、「良いデザイン」の条件も異なる。

孤独のグルメ 第3シーズン1話「北区赤羽のほろほろ鳥とうな丼」石倉三郎これは人気テレビドラマ「孤独のグルメ」第3シーズン1話「北区赤羽のほろほろ鳥とうな丼」において、石倉三郎さん演じる男性客がテーブルそなえつけの醤油刺しを使おうとしたが醤油が出ず、ぶんぶん振って2-3滴出たあたりでお茶を濁すシーンである。

実はこの醤油刺しは、上部にボタンがあり押すことで適量注げるタイプだったのだ。同様のしかけのものは複数のメーカーから販売されている。注ぐ量をコントロールしやすく、減塩につながるといいうことで健康志向のユーザに受け入れられているのだろう。だが上にボタンがあってそれを押すと注げるということがわからなければ当然ながら使えない。特にこの製品は一見ボタンとわかりにくい外見のため、それと知らない石倉さんは使えなかったのだ。

孤独のグルメ 第3シーズン1話「北区赤羽のほろほろ鳥とうな丼」井の頭五郎
(ゴローちゃんはその直後普通にボタンを押して使っていましたが)

 

汁なし坦々麺専門店浅草橋タンタンタイガーにて。ここの坦々麺美味しいんですよ。

家庭用であれば一度覚えれば済む話なので全く問題はないのだが、飲食店のように不特定多数の人が使う場ではこれはふさわしいデザインとは言えない。

ボタンに見えないボタンは押されない。難しく言うとギブソンの唱えたアフォーダンスとノーマンの”知覚されたアフォーダンス”にずれが生じている状態である。(この話は長くなるのでまた別記事で)

この手のボタン式の製品では「押す」などと大きなシールが貼ってあることが多いのだが、それはそれで言語に依存するという点で公共の場のデザインとしては疑問が残る。

 

ラー油 ラベル デザインの敗北
依存しまくってますが

 

中華料理店のラー油入れ二態。
左の金属のキャップのものは上に引き抜くとそそぎ口があらわれるのだが、回すと中ぶたもろとも外れラー油を大量投入することになると思われる。右のものはまあわかりそうなものだが、うっかりキャップを持つと本体が落ちて中身をぶちまけかねない。どちらの店も、このラベルが貼られることになるまで大惨事が何度も繰り返されたのだろう。

知らないと一見どう使うかわかりにくいことと、キャップを持たれて落とされるリスクがあるため、概ねこの手の「本体と同じ直径のキャップがついた調味料入れ」は飲食店には向いていないように思う。

JR トイレ 傘 フック

話は変わり、これは駅のトイレの男子用便器横に設置されているフックである。いったい誰がどのタイミングでした判断なのか「これは傘とかをかけるものなんですよ」という説明プレートが添えられている。便器が10あればその横にこのセットが10あるわけだ。フック自体が「見るからにもういかにもフックっぽいフック」という外観であればプレートを貼るぶんのコストは必要なく、結果的に全体としてよりすっきり美しくなったのではないだろうか。

もっとも、駅のサインに関しては過剰防衛ではないかと思われる案件もしばしば見うけられるので、何をやっても説明を貼られた可能性はあるのだけど。そもそもこのプレートはこの状況以外にどう使うものなのだろう。トイレの傘フックの上に貼る専用に作られたものなのだろうか。

ダイソン 水栓

新宿に最近できたビルの飲食フロアのトイレに、ダイソンのハンドドライヤー一体型水栓が設置されていた。実際に使い方がわからないというクレームがあったのか管理者が先回りしたのか、アクリル板にはさまった使い方説明パネルが添えられている。

ツイッターにはこの水栓にでかでかと「水が出ます」「風が出ます」とラベルが貼られているという、ダイソンさんが見たら泣きそうな画像もあった。

単純に、20万もするしゃれた水栓導入しといてその扱いはないだろう、という気もする。

つまりその場に不適切なデザインを採用すると、醤油がちょっとしかかけられなかったりラー油をこぼしたり手が洗いたいだけなのに説明書きを読まさせられたりとユーザの負担と不満が増えるばかりでなく、何度も説明したりラー油を拭いたり謝ったりラー油を拭いたりラベルを貼ったりパネルを用意したりと運用コストを上げることにもなるのだ。

さてこのように個人で使うものと公共の場で使うものではデザインに求められる要素が異なるわけだが、多数の人が接する場では必ずわかりやすさが必要なのかというと、特定の志向の人を対象とした空間などではまた少し状況が異なる。

「特定の志向の人を対象とした空間」というのはたとえば、一見障壁に見える要素がスノッブ心をくすぐり逆にユーザの満足に繋がるような例だ。
すなわち「抹茶クリームフラペチーノ抹茶パウダー多めバニラシロップ抜き」とか「ヤサイマシマシニンニクハンブンアブラカラメカラアゲベツザラ」とか「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノ」等の呪文が飛び交う空間である。このような場は「そういうものだとわかって来ている」顧客で成立しているため一見(いちげん)客へのわかりさすさは一般に優先されない。
またたとえば会員制だったり隠れ家を売りにする店であれば、入り口を誰にでもわかりやすくユニバーサルにデザインするのは適切とはいえないだろう。

このほかにもいろいろな状況がありうるし、状況次第で適切なデザインは異なる。置かれる文脈を抜きにしてデザインの良し悪しは計れないのだ。

「適切なデザイン」はずっと僕が重要だと思っているキーワードでもある。次回はこのあたりについて書こうと思う。

3件のコメント

  1. 面白い考察でした。
    目が2つ付いてるけど見えてない人って結構な数いると思うんですよ。

    顧客に書類を送ってサインをして貰う仕事をしてるのですが、付箋を貼ったのに未記入で返却されたりするんですよ。だから記入箇所に丸を書いて矢印と「こちらにサインをご記入下さい」と書かないといけないんです。

    傘のフックを、「ただの出っ張り」と認識するだけでユーザーの為の物だと思わない人は多いと思います。用足しだけしか考えず、出っ張りがあることすら気づかない人も多いと思うんです。傘のマークがあって初めて「これは何だ?」と認識する人、少なくないと思います。
    自分にはいらないけど、それを必要とする人は多い、とツジメシさんはそう言いたいんですよね?

    デザインの奥深さは計り知れなそうですね。次回も楽しみにしています。

    1. コメントありがとうございます。
      メールに質問3つ書いてるのに最初のひとつにしか答えてこない人とかもいますね笑

      >傘のマークがあって初めて「これは何だ?」と認識する人
      なるほど、そういうことありますね。

      必要としていないときはそもそも「でっぱり」すら目に入ってなくて、
      必要な人は周りを見回して、専用に設けられたものじゃなくても、かけられそうなところにかけちゃうんじゃないかと思います。
      となると傘のマークは「自分は今必要じゃないけどこれがなんだか気になる人」への説明用ということのような気もします。

      1. ご返信ありがとうございます。
        気になる人への説明用とは、なるほどです。
        気になる人って職員に質問しますから、それにかける時間を省略する為に必要な説明なのかもしれませんね。

        ちなみにどうでもいい事ですが、私は持ち手の小さな折り畳み傘しか持ち歩きませんので件の傘用フックは全く必要としていません。本当はお年寄りの杖用なのかもしれませんね。

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